猫のような男と暮らしている。
そんなことをいったら私はわんちゃんがいい!と彼は抗議しそうだが、擦り寄る姿は猫にしか見えない。
自分が猫好きということも入ってるかもしれないが、そう言ってしまうと僕が彼のことをとても好きとしか聞こえないようでそれは取りやめることにした。
それに猫のように見えるのにはもう一つ理由があった。
もう一年も前のことになるだろうか。何時ものように僕がマンションの一室に帰ろうとしたあの雨の日。
彼は野良猫のように生き倒れていた。思わず声を掛けたが、彼が搾り出した言葉はひとつ。
「腹 が、へ、った」
そうしたら意識はブラックアウト。何の反応も見せず、地に伏した。
声を掛けてしまった以上見捨てることも出来ず、収入も安定していた僕はマンションへと彼を連れて行った。
同じ男のくせに身体が軽く、その腕の細さにも思わず不安が起こってしまった。
部屋に着きとにかく何か簡単な料理を食わせようとして、出したのは昨日の作り置きのカレーだった。
彼が気がついたときに食べさせたが、口に合うか心配だったが彼は美味しいといってお代わりを要求した。
元気そうで何よりだった。自分はご飯を食べ終えた後だったので思う存分彼に喰わせた。
鍋が空っぽになるまで彼は食いつくし、満足そうに息をついた。
「僕の名前は小野妹子です。あなたは?」
「私?私は…その、聖徳太子っていうんだ。よろしく」
戸惑ったような笑顔は、直ぐに満面の笑みと変わり、それが彼と僕とのファーストコンタクトとなった。
それからは色々あり、本当の彼の名前はあの大富豪の跡継ぎの厩戸皇子だったとか、
その家から逃げ出してきたとか、一度彼が連れ去られたりとか、でも結局はここに落ち着いた、とか。
色々ありすぎて訳が分からなくなってきた。とりあえず、そんなことがあったのだ。
そんな大富豪の跡継ぎと暮らしているのも、その、彼と恋人関係にあるからだ。
告白されて、否定してきたけれど、それでも僕のことを想う彼に、どうしようもなくなって、付き合ってしまった。
後悔…は、してないことは…ない…かもしれないけれど。けれど!
…結局は僕もこの状況に満足しているということなのだ。
気がつけばいくとこまでいってしまうし、僕は相当この人に参ってるのだと、思う。
……正直言って認めたくないけれど。
そんなことを回想する僕は、朝早くおきては包丁をリズム良く叩いている。
彼のせいで、朝からカレーの目に合っている。あの最初の出会いからカレーが好きになってしまったようで、ほぼカレー漬けの日々だ。
作るのは殆ど僕だし。彼だって作ればいいのに。彼のはじめて作ったカレーはなかなかの美味だったというのに。
だけれど、その包丁の音で彼は目を覚ます。
…それがなんだか堪らなく嬉しいのは、僕は一体どうしてしまったというのだろう。
「…んー、妹子ー…」
「おはようございます、太子。太子のせいで今日もカレーですよ」
「せ、せいっていうなよ!好きなんだよ、妹子のカレー!」
「太子、挨拶は何処にいったんですか」
「んー、おはよう妹子」
何時もの他愛もないやりとりが繰り広げられる。
ひとしきり具材を切り終えると、僕は太子に向き直った。
「太子だって作ればいいじゃないですか。嫌いじゃないですよ、太子のカレー」
「えー。だって面倒くさいんだもん作るの。食べるのは大好きだけど」
「僕がちゃんと好きだっていったら作ります?」
「作る!」
むつけた顔をしていた太子だったが、僕の一言で直ぐ満面の笑みになる。
「太子のことは大好きですけどねっていったらもっと頑張るよ妹子」
「調子にのるなっ!」
「スリッパァ!?」
スリッパを投げつけると、胡座をかいてにぃっといやらしい笑みを浮かべていた太子は後ろに仰け反って倒れた。
むくりと起き上がった太子の顔はスリッパが投げつけられた場所が赤く染まり、思わず噴出してしまった。
「もー!笑うなー!早くカレー作れー!」
「はいはい。好きですよ、太子」
「えっ…」
どうだ。たまには不意打ちをしてやったりだ。意識しなければなんてことはない。
「…私は愛してるよ、いーもこっ」
変な音を立てて自分の顔が赤く染まるのが分かった。…くそったれ。
「前言撤回です!太子なんて知りません!」
「ええ!?何で!?」
僕は猫のような男と暮らしている。
甘えたで我侭で欲張りで犬好きでカレー好きで、どうしようもない男である。
それでも僕は、そんな野良猫みたいなこの男と一緒にいるのが苦ではない。
その意味を僕はとうに理解しているけれど、それはこの男の好きになっているようで真意は言わない。
ただ分かるのは、明日もきっとこの人の隣には、僕が居るんだろうということだ。
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