「五月蝿いです死ね太子」
投げつけられたのは書類だった。思わず呆然としてしまう。ついでにお前とうとう命令形かよと心中で突っ込んでみたりする。
座ったまんまの私に、まるで見下ろすかのように立つ妹子。だけれどその表情は怒ってるくせに、どこか浮かない。
「いもこ」
名前を呼ぶと彼はくしゃりと顔を歪めて、そのまま踵を変えて去ろうとしてしまう。しかも早足だった。
「お、ちょ、待てってお前」
妹子の投げつけた書類をまとめて抱えて(仕事に使うんじゃないだろうかこれ、)妹子の後を追った。
廊下だから走るのを止めているのかの早足だが、それはそれは早いスピードなのであんまり効果は無いように思えた。
現に私軽く走ってるし。「いもこってば、」呼び止めようと名前を呼んでみても一向に止まりやしない。
さっきから妹子の様子がおかしいのは知ってたさ。何時ものように飛びついても反射で怒りもしなかった。
それが一気に溜まってそうしたのかもしれないが、私から見たら先程の妹子は有り得なかった。
だって自分の仕事を放り出すような、捨てるような行為をするなんて。どたどたと足音の音も大きくなっている気がする。
「妹子待てって。何そんなに怒ってるんだよ。お前が仕事放り出すようなことするなんて何かあったんだろ」
どたどたどた。妹子の足は早まるばかり。
すたすたすた。それに私はただ着いていくのみ。
「妹子、いも…っておまそこ行き止まり」
がつん。こりゃ痛い。妹子が思い切り柱にぶつかったのが分かった。
感情に身を任せて前を見ていなかったのか。顔を押さえて座り込む妹子に立たせようと手を伸ばした。
「…いもこ?」
けれど一向に妹子は自分の顔から手を離そうとしない。まさか鼻血か?いやむしろそれは男らしいと思うんだが。
なんちゃって的なことを考えるも、いきなり妹子もしぃんと静まったので、思わずどこか痛めて恐ろしいことになっているのかと慌てた。
「ちょ、おい妹子、どうしたんだ…」
あ。
「……こら、ばかいものこ。指と指の間から水が零れてるぞ」
びくりと震えた妹子は、それを見せぬようにかと完全に私に背中を向ける。
それがちょっと寂しくありつつも、くすりと笑って見せると正直になれないお馬鹿ないものこを抱きしめてやることにした。
抱えていた書類を横に置いて、ぎゅうと背中からだきついた。
「…いきなり抱きつかないでください臭いです」
「おま、第一声がそれっておま…」
「いいですからとっとと離してください、手汗とかあんたひどいんですよ」
いささか震えている声。もうなんなんだよお前は。ほんとうに。本当に困ったちゃんだ。
私たちもどこまで歩いたというのか、周りには人は誰一人としていない。だからこそこうやって抱きつけているというか、なんと言うか。
はいはいと聞く耳を持たないように返事を返すと、妹子をそのまま抱きしめたままぽんぽんと頭を撫でる。
暫くの間それを続けていると、ようやく顔から手を離した妹子は少しだけこちらを振り返り、むつけたように言葉をはなった。
「人の話を聞いてるんですか、僕は離せっていったんですよ」
「摂政命令ってことで。ミラクル摂政に抱きしめられてきゃー嬉しい、妹子すっごい幸せ☆ぐらいに思いんしゃい」
「気持ち悪いです。すごく気持ち悪いです」
「わざわざ二回言うな!」
やっと何時もの会話に戻ってきただろうか。毒を吐いてみせる妹子の様子も、まるでいつもと変わらないように見える。
名残惜しいけれどそろそろ離してもいいかなと考えていると、ぽつりと妹子が呟いた。
「…さっきはやつ当たったりしてすみませんでした」
その言葉ににんまりと口元を緩ませた私は、「じゃあもう少し付き合え」と妹子を抱きしめ続けた。
(…全く、)
誰が何と言おうと。お前は私の味方だよ。ばかいもこ。
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