あの人が笑っている。
ゆるやかに微笑んでいるのだ。何時もの無邪気すぎる笑みとはうって変わった、大人びた笑み。
服装もジャージではなく、朝議の時に見せたりする正装だった。
だがその太子は僕はあまり好きではない。何故なら、それは身分差を感じさせる為だ。
其れに正装を身に着けている彼とは、話すことなどままならない。擦れ違っても、何も話しも触れもしない。
だからこそ僕は、そんな彼を嫌ってしまう。どうしようもないとは知っていても。
――嗚呼、だからこそ今のこの状態に違和感を感じてしまうのか。
正装を身につけたあの人が、大人びた笑みで、右手を誘うように伸ばし、僕を呼んでいるだなんて。
ゆっくりと口を開いたあの人は、声もなく口を動かした。だけれど特徴的だったその動きは、直ぐに僕に悟らせた。
呼んでいるのだあの人は。僕の、名前を。
そしてまたあの人は同じように口を動かす。今度は声も付いていた。「いもこ」、思わず僕は耳を塞いでしまった。
だって、ああ、それは、酷い、誘惑ではないか。その姿で、その笑みで。呼ばないで。呼ばないでください。
言葉にできないまま何度も心でそれを繰り返した。勿論心で繰り返してしまえば聞こえる筈もなく、あの人は僕を呼び続けて居る。
「いもこ、大好き」
今度は無意味にあの人が僕に言う愛の言葉だ。でも言うのかあんたは、その姿で。
こんな、官位も遠く、触れることなど出来ない位置で!「、やめ、てください」とうとう声が出てしまった。
どれ程の困惑を浮かべているのだろう僕を、太子は穏やかに見つめている。
何時もならずかずかと歩いてきて抱きしめてきそうなのだが、そうはせず今度はあの人はやわらかく両手を広げると、
「おいで」
――――ああ、
求めているのだろう僕は、そのままで、貴方が其のままで僕に触れることを、話すことを、其処には距離があったとしても、遠くても、それでもそれでも、僕は、僕は僕は僕は僕は、
「――――、ぁ」
一気に体が現実へと戻される感覚。瞼を開くと其処は相変わらずの自室であり、僕は思わず自嘲の笑みを零してしまった。
それでもただ一つ分かること。ただ一つ、今思うこと。
「(ゆめ、で、よかった)」
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