「ねえ曽良くん、句が出来たよ」
白い色だ。彼そのものが白だと。身に着けているものが白色だというのもあるのかもしれないが。
今にも消えてしまいそうな、そんな白。風前の灯を醸し出すかのような血の気のない、しろ。
白は別に嫌いだという訳では無かったのだが、このような白は嫌いだと再確認する。
「…見せてください」
彼の前から細かった腕は更に細くなり、頬も痩せこけている。
その句を読もうと手を伸ばす自分の手は震えているのではないかと思ったほどだ。
(…この人が床に伏せてから、もう一月になるのか)
自分から何を言われても、ただ笑って楽しそうに旅を続けていたその姿。
一度その隣から離れたとしても、貴方が居ない世界は思ったよりつまらなく、直ぐに傍に戻った。
貴方が居ない世界はあんなにも色褪せてしまうとは、思ってもいなかった。
今晴れている空の色でさえも、輝きのないものにさえ変わるだなんて。
流れるように書かれた彼の文字に、僕は目を通した。目に通した瞬間、表現しきれないような想いが溢れ出した気がした。
そして直ぐさま直感する。此れが、彼の生涯最期の句になるのだろうと。
震える。心が。そして身体が。だけれどそのどうしようもない気持ちを零す訳にもいかなかった。
そうしていたら、自然と、口元が吊りあがる。僅かに上がる口角。
「いい句ですね」
呟いた言葉は余りにも簡素だった。けれど、僕にとってはそれで充分に思えた。
だって、貴方がその言葉を聞いて何時ものように笑ったから。幸せそうに、口元を緩ませて。
「当たり前じゃない。だってそれには曽良くんとの旅の思い出が詰まってるんだよ?」
「そうですか」
「ちぇー軽く流された!変わらず鬼弟子男だな!全く!」
思い出にはして欲しくないのだと。此れからも其れは増やしていけるのだと。
あまりにも、重い綺麗事など吐けなかった。僕の言葉に反論する声量も弱弱しく、唇を噛み締めた。
「…ねえ、曽良くん」
「なんですか」
「私ね、幸せだったよ」
「そうですか」
「君と、旅が出来てよかった。共に居ることができてよかった。
師匠としての対応がなってなかったけどね!…でもそれを差し引いても、本当に、よかった」
「そうですか」
「それとね、私ね。曽良くんに句を褒められるのが一番好きなんだ」
「言ったじゃないですか。いい句が出来たなら幾らでも褒めますよって」
「あのときは焦ったなあ…。久しぶりに褒められたから。もっと褒められたいなあって」
「貪欲ですね」
「えへへ、ごめん。――――ねえ、曽良くん?」
「なんですか」
「…ありがとう」
塞き止められないものが崩れていく。ばらばらになって、壊れて元に戻せないぐらいに。
ぽたぽたと。しとしとと。僕の手の甲に、膝に、落ちていく。頬を伝い、流れていく。
芭蕉さんは僕を見て困ったように笑うと「曽良くんが泣いてるのってはじめて見たよね、確か」と告げる。
僕は黙って、ただ手を縦に構えると芭蕉さんの額にチョップを喰らわせた。ぽす、と小さな音がした。
(―――ありがとうというのは、僕のほう。)
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